2005.03.05

『死を招く料理店(トラットリア)』 ベルンハルト・ヤウマン

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著者: ベルンハルト・ヤウマン /小津薫
出版:扶桑社ミステリー
ISBN:4594048986
発行:2005年 02月
価格:905円 (税込:950円)
採点:4.5点

[帯]
 ドイツ推理作家クラブ賞(グラウザー賞)受賞
 おいしいイタリア料理を食べながら
 ミステリーを執筆できるはずだった…
 作家が落ちた、思いがけない罠とは?
 ミステリー小説と、現実世界とが同時進行
 虚実がもつれあう、二重三重の殺人悲喜劇

[あらすじ]
 ローマの私立探偵・ブルネッティはレストラン評論家のフェレッリの監視を続けていた。だが、対象者は豪華な料理を食べた翌日、無惨な姿で発見されてしまう……という物語を書き始めた「わたし」は、ローマの料理店で、食事代をただにしてもらえないかと店主に交渉する。店を舞台に小説を書けば、売り上げも上がるという理屈だ。ところが、彼が作品で描いた事件が、店の中で本当に起きてしまう。

[感想]
 構成の妙、個性的な登場人物、奇抜なストーリー展開と優れた特長を兼ね備えた傑作である。

 まず、作品の構成がおもしろい。ブルネッティという私立探偵が活躍する物語があり、それを推理小説として書き進める作家「わたし」の手記が外枠を埋める。この「わたし」はローマを訪れたドイツのミステリ作家という設定がされており、これは著者であるベルンハルト・ヤウマン自身をモデルとしているのだ。さらにこの二つの物語それぞれに毒殺事件が起こり、内と外のストーリーが干渉し合うという構造になっている。

 次に、作中作の主人公ブルネッティについてだが、この探偵が実にユニーク。一見ハードボイルド風なのだが、次から次へと災難に見舞われ、その度に底抜けにポジティブな思考で乗り切ってしまう。98%が天然、残りは運だけで生きているようなキャラクターなのである。また、この私立探偵の作者である「わたし」がブルネッティとは逆に現実的で、作品の展開に頭を悩ませ、浸食される現実世界に疑心暗鬼になっていく様子が微細に描き出されている。

 さらに、何と言ってもこの不思議な展開がすばらしい。動機無き殺人、復活する死者、幻を見ているのではないかと感じてしまうような不可思議な出来事が立て続けに起きる。しかもそれが外枠となる「わたし」の物語とからみ合い、内外両面から事件が解き明かされるという場面も用意されている。味覚をテーマにしたというだけ合って、紹介される料理の描写が巧み。それがトリックやプロットと有機的に関わっている点も特筆に値する。

 一つ残念なのは、この作品が五部作の最終巻であること。五感をテーマに、本国ドイツではこれまでに四作品が刊行されていたらしい。これらを続けて読んだドイツのミステリファンは、このアクロバティックな結末にさぞかし喜んだことだろう。この一冊から読んでしまうのは何とももったいない話である。

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2005.03.01

『忌まわしき絆』 L.P.デイビス

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著者:L.P.デイビス/板垣節子
出版:論創社(論創海外ミステリ)
ISBN:4846005232
発行:2005年 02月
本体価格:1,800円 (税込:1,890円)
採点:4.0点

[帯]
 凶悪のペーパー・ドール
 蘇る漆黒のホラー・サスペンス
 「あんな子を引き取らねばよかった」
 「あの子を手元に置かずにすむなら、右腕だって差し出すものを」

[あらすじ]
 クックリー中学の教師・ゴードンの担当する生徒が屋根から転落した。突然窓枠によじ登り、自ら落ちたのだという。だが、同様の事故が小学校でも起きていたことが分かり、二つの事故に関係するロドニーという少年が浮かび上がる。ゴードンは同僚の美術教師・ジョーンとともにロドニーの生い立ちを調べ始めるのだが……。

[感想]
 子どもというのは不思議な存在である。未熟な心の中にどんな可能性を秘めているのか、わたしたち大人はそこに大きな期待を寄せる反面、彼らの理解のできない行動に不思議さや、時には恐怖を感じることもある。誰もが通り抜けてきた時代であるはずなのに、なぜなのだろう。本書は、そうした子どもの謎めいた一面を極限まで引き出した作品である。

 物語は学校での転落事故から始まる。二人の教師がロドニーという少年に目をつけ、その生い立ちを探るというもの。途中、仲間となる人物と出会い、協力しながら少年に秘められた過去と恐るべき真相に近づいていく。わずかな手がかりから過去を辿っていく調査のおもしろさ、そして主人公ゴードンを初めとする人物描写の豊かさは、作品成立の1964年からまったく色あせていない。また、真相に近づくほど緊張感が高まるという点ではホラー・サスペンスとして評価できるところだろう。

 特筆すべきは、登場人物の少年に対する感情の描き方だろう。少年を追う二人の教師は、担当する生徒への関心や義務感だけで行動するのではない。調査の中で、二人は次第に少年に対して強い絆を感じ、何としても救おうとする気持ちを持つようになる。不気味な子どもに対する憎しみ、恐怖感と、愛情や信頼といったものをうまく対比させ、独特の読後感を与えている点も面白い。

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2005.02.28

『ダ・ヴィンチ・レガシー』 ルイス・パーデュー

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著者:ルイス・パーデュー /中村有希
出版:集英社文庫
ISBN:4087604829
発行:2005年 02月
価格:781円 (税込:820円)
採点:3.0点

[帯]
 あのベストセラーをしのぐ興奮!
 万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ
 ――彼は、恐怖という名の“遺産”を遺した。
 謎解きとアクションが導く衝撃のクライマックス!
 '80年代に書かれた歴史ミステリーの傑作がいま!

[あらすじ]
 石油会社に勤務するヴァンスは採掘調査に携わる傍ら、趣味でレオナルド・ダ・ヴィンチの研究を続けていた。偶然にも貴重な手記を見る機会を得た彼は、その中に失われたページがあることに気づく。だが、関わった研究者は次々と不慮の死を遂げ、ヴァンスの恩師もまた犠牲となってしまう。犯人を追うヴァンスは、手がかりを求めて旧知の学者を訪れるのだが、危険はヴァンス自身にも迫っていた。

[感想]
 1983年に発表されたものを改稿し、2004年に再度刊行された作品。ミステリといっても謎解きが中心ではなく、ダ・ヴィンチの手記の失われたページを巡る痛快なアクションが売りの冒険小説である。

 主人公は石油会社の御曹司。アマチュアのダ・ヴィンチ研究家でもあり、機知に富み、体力にも恵まれた人物である。そして彼と行動を共にするのが記者のスーザン。こちらもまた誰もが振り返るような美女で、銃の腕前はなぜか超一流。まさに絵に描いたようなヒーロー、ヒロインの二人が謎の集団と戦うのだが、銃撃、カーチェイス、古城への侵入とどこをとってもスパイ映画さながらの大活躍。繰り返し命を狙われながら、危機を間一髪でくぐり抜けるところはそのまま007である。

 敵側もスケールが大きく、数百年の歴史を持つ教団に世界に暗躍する秘密結社と豪華なのだが、最強ペアと比較すると今ひとつ迫力に欠ける面は否めない。ベールに包まれている間はよいのだが、秘密が秘密でなくなることで怖さも半減してしまう。

 作品の改稿が2004年ということで、表計算ソフトのエクセルや、貿易センタービルのテロといった言葉が時折登場するのだが、作品を読んでみるどうも違和感がある。無理に最近のトピックを挿入する必要はなかったのではないか。と思っていたら、翻訳を担当された中村有希さんのページに、その苦労話が出ている。なるほどこれは大変な作業であったに違いない。ダ・ヴィンチの謎について過度の期待は禁物、少々大味だが、もしこんなことがあったらと歴史のロマンを感じながら気軽に楽しむにはよい。

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2005.02.23

『シシリーは消えた』 アントニイ・バークリー

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著者: アントニイ・バークリー /森英俊
出版:原書房(ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)
ISBN:4562038713
発行:2005年 02月
価格:2,400円 (税込:2,520円)
採点:4.0点

[帯]
 黄金時代のまさに〝幻の逸品〟
 著者の死後発掘された
 ロマンスあふれる本格推理!
 「ひとを消すことができる、とびっきりの呪文があるんだ」
 余興に始めた降霊会のさなか、若い女性がほんとうに〝消えて〟しまう。
 やがてある不可解な事実が浮かび上がって二転三転……。

[あらすじ]
 財産を使い果たして従僕の仕事に就くことになった青年・スティーヴン・マンローは、勤め先の屋敷で事件に遭遇する。屋敷の女主人の姪・シシリーが降霊会の最中に突然部屋から消えてしまったのだ。スティーヴンは招待客の一人で元恋人・ポーリーンとともに消えたシシリーを探し始めるのだが、事件はさらに複雑な様相を呈してくるのだった。

[感想]
 バークリーの作品を読むたびに思うのは、人物の描き方が実に好ましいということである。名探偵ロジャー・シェリンガムはもちろん、『第二の銃声』の語り手といい、この『シシリーが消えた』のスティーヴンといい、読者にいかに好感を持たせるかという点で、バークリーの筆力は際だっている。加えてテンポよく巧みなストーリー展開は、書かれたのが1927年という遙か昔であっても今なお読者を引き込み、楽しませてくれる。

 まず、主役のスティーヴンには、貴族から従僕へという少々気の毒でユーモラスな設定をし、慣れない仕事での失敗で楽しませてくれる。続いて偶然招かれた魅力的な元恋人を登場させ、いくつかの障害を配置して二人の恋の成り行きに読者の興味を引きつける。そうこうしているうちに降霊会での人間消失、謎の手紙、殺人事件と謎は次々に提示され、読者はページを捲る手を休める暇もなくなってしまうのである。

 人間消失を始めとして個々の出来事を見たとき、トリックに関してはさほど奇抜なものはない。だが、構成が巧みであるため、それらが実際に事件として現れたときに、それぞれが謎めいて見えてしまうのだ。犯人の目論見と探偵の行動、そこに偶然の状況が重なって、不可解な事件が展開する。驚くような結末はないが、この複雑な事件がすっきりと解決されるエンディングは読んでいて気持ちのよいものである。

 『シシリーが消えた』がどれほど貴重な作品であるか、没後の発見や現存部数の少なさなどその詳細は解説に書かれているが、単に珍しいだけでなく、読んで楽しめる作品であることが嬉しい。海外ミステリや、古典と呼ばれる作品にふれたことのない方にもこれならば十分楽しんでいただけるだろう。

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2005.02.19

『ウィスキー・サワーは殺しの香り』 J.A.コンラス

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著者:J.A.コンラス /木村博江
出版:文春文庫
ISBN:4167661918
発行:2005年 02月
価格:686円 (税込:720円)
採点:3.0点

[帯]
 ハードボイルドでコミカルなヒロインの登場
 女警部補ジャック・ダニエルズ

[あらすじ]
 コンビニエンス・ストアのごみ箱から若い女性の惨殺死体が発見された。切り刻まれた身体の傍らにはジンジャーブレッドマンと名乗る犯人のメッセージ。捜査を任されたジャクリーンは相棒のハーブとともに地道に手がかりを追うが、犯人の魔手は彼女にも伸びつつあった。

[感想]
 国内向けに翻訳された作品に限っての話だが、『羊たちの沈黙』の映画化から一時期はやった猟奇殺人ものもだいぶ数が落ち着いてきている。近年は、犯人の異常さを強調するだけでなく、捜査する側に工夫を加えたり、設定に奇抜な発想を取り入れたりと、これまでの作品とは違った魅力を加えようとする方向が見られるようになってきた。では、この『ウィスキーサワーは殺しの香り』はどうだろうか。

 主人公の女性警部補・ジャック・ダニエルズは合格点。タフで正義を愛するキャラクターとして十分印象的である。離婚歴があり、自分には仕事だけしか残されていないと気落ちしているが、不眠症に悩まされながらも着実に犯人を追いつめていくねばり強さには好感を持つことができる。また、相方となる大食漢の刑事がよい味を出している。その食べっぷりが豪快で、人の食べ残しの病院食まで平然とたいらげる。ベーグルやらピザやらどうということのないものも、幸せそうにお腹に入れてしまうのは読んでいて気持ちよいほど。さりげないサポートが実は頼りになる。だが、残念なことに犯人のジンジャーブレッドマンの方は異常さと狡猾さのバランスが一定していないという印象を受ける。展開に合わせるかようにキャラクターが変わってしまい、序盤の不気味さが最後まで持続しなかったところは惜しい。

 犯人側、警察側と両面から物語を進めていく展開はテンポがよく楽しめる。ユーモアに溢れているというほどではないが、少なくとも血なまぐさい事件とのバランスをとる程度の安定感も感じられる。ジャックを主人公とした次作『ブラディ・メアリー』も書き上がっているということなので、もう一作読んでみてもよいだろう。

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2005.02.06

『回転する世界の静止点』 パトリシア・ハイスミス

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著者:パトリシア・ハイスミス /宮脇孝雄
出版:河出書房新社
ISBN:4309204252
発行:2005年 01月
価格:2,400円 (税込:2,520円)
採点:3.5点

[帯]
 パトリシア・ハイスミス単行本未収録作品集1
 追いつめられた人間は
 心に何を感じるのか?
 ミステリの鬼才ハイスミスの仮借なき心理描写の真髄を示す傑作短篇集!

[あらすじ]
 列車から降り立った青年は、田舎町の静かな佇まいに惹かれ、新しい生活の第一歩を踏み出す。都会とは違う人々の温かみに感謝しながら。だが、たった一つの過ちが彼の心の平穏を乱し始める……。

[感想]
 1938年から49年までの単行本未収録作を集めた短篇集である。初期のものばかりだが、いずれの作品でも心理描写は精妙で、小さな出来事が実にスリリングな物語に作り上げられている。以下、いくつかをピックアップして紹介する。

「素晴らしい朝」
 主人公の心をとらえた美しい町。それが、ある出来事によって彼の目には全く違うものに写るようになる。小さな疑問が次第に膨らみ、暴走を始める青年の心理描写が見事。
「不確かな宝物」
 古びた鞄に執着する浮浪者の物語。妄想が主人公を突き動かしていく様子が、緊迫感を盛り上げる。
「魔法の窓」運命の出会いを信じる孤独な男性が、“魔法の窓”のあるバーで一人の女性と巡り会う。現実を突きつけられるラストの喪失感がたまらない。
「ミス・ジャストと緑の体操服を着た少女たち」
 訪問客のためにとびきりの演技を披露しようとする教師と、異常なまでに厳しい指導に耐える少女たち。いよいよ本番となったときに起きる予想外の出来事。ラストの少女たちの姿に、両者の温度差が凝縮されている。
「カードの館」
 贋作だけを蒐集する男性は、音楽を愛せないピアニストに自分の秘密を打ち明ける。夢はあっけなく崩れるが、そこから生まれる小さな希望に心が温まる。
「自動車」
 故郷を遠く離れて新婚生活を始めた夫婦。自動車の扱いから始まった小さな不満が膨れあがっていく描写が優れている。
「回転する世界の静止点」
 小さな公園にやってくる二組の親子の物語。互いを意識しながら距離を保つ二人の女性の関係が興味深い。無邪気に戯れる子どもたちとの対比がアクセントとなっている。

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2005.02.05

『ルネサンスへ飛んだ男』 マンリイ・ウェイド・ウェルマン

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著者:マンリー・ウェイド・ウェルマン /野村芳夫
出版:扶桑社ミステリー
ISBN:4594048757
発行:2005年 01月
価格:762円 (税込:800円)
採点:3.5点

[帯]
 驚天動地のタイムトラベル×
 血湧き肉躍る歴史冒険絵巻!
 意表をつく奇想と、精緻な時代考証で描く、
 名匠マンリイ・ウェイド・ウェルマン、幻の代表作

[あらすじ]
 青年レオ・スラッシャーは、時を超えて違う時代に自分を投影する時間反射機を発明した。友人の眼前で実験を行い、彼は15世紀のフィレンツェの町へ移動することに成功したが、着いた先は異端崇拝者たちの集会の只中。儀式を取り仕切る妖術師によって、レオは囚われの身となってしまう。

[感想]
 読み終えて、なるほどこのアイディアのために書かれたのかと素直に頷ける作品である。タイムトラベルものは数多くあり、様々な手法で読者を楽しませてくれるのだが、プロット自体はシンプル。張られた伏線が一点に集中しているという点で、すっきりとまとまった仕上がりになっている。

 ルネサンス期というとあまり身近で語られる時代ではないが、史実や生活の様式、芸術・文化に関する記述には原註がつけられており、主人公の青年が、未来人としての知識と経験を生かして危機を乗り越えるところも十分楽しめるよう配慮されている。また、史実とのずれが生じないように、主人公にはタイムトラベルによる記憶障害を持たせ、妖術師には催眠術による記憶の再現をさせている。事実と虚構とのバランスをどのように取るか、その手法を読み取るのもおもしろいだろう。

 惜しいのは、妖術師の奴隷となっている少女の造形に深みがないこと。そのため主人公とのロマンスが今ひとつ盛り上がらず、着想を支える材料の一つが、十分に効果を上げていない。ネイサンの『ジェニーの肖像』、デヴローの『時のかなたの恋人』くらいの想いを読み手に伝えてほしかった。

 なお、この作品は、出版・雑誌掲載時に変更が加えられており、翻訳にあたっての苦労があとがきに詳しく紹介されている。また、修正しきれない部分については巻末に異なるバージョンが付録として収められている。読者としては大変ありがたいことである。

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2005.02.02

『ヘンリーの悪行リスト』 ジョン・スコット・シェパード

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著者:ジョン・スコット・シェパード/矢口誠
出版:新潮文庫
ISBN:4102151214
発行:2005年 02月
価格:819円 (税込:860円)
採点:4.0点

[帯]
 爆笑必至 感涙保証の快作
 2006年映画公開決定!

[あらすじ]
 「暗殺者」の異名をとる超エリート・ヘンリーは、これまでに多くの友人を踏み台にしてのし上がってきた。それもすべては、かつて自分を捨てた女性を見返すため。だが、故郷へ錦を飾ろうとする彼に届いたのは彼女の死の知らせだった。これまでの悪行の巨大な反動がヘンリーを襲う。死を決意してバルコニーから身を投げる寸前、メイドの一言が彼を救った。「すべてにきっちり片をつければいいのよ」――かくして、ヘンリーの贖罪の旅が始まった。

[感想]
 自分の犯した過ちを償うためにリストを作り、一人一人に心からの謝罪をする。パートナーとなるのは、主人公ヘンリーを「天の声」で救った不思議なメイド。二人の苦難に満ちた5日間の顛末を描いたロード・ノベルである。

 金、地位、名誉。頂点を目指すヘンリーにとって、自分以外はすべて踏み台にすぎない。だが、踏まれた者にとっては、それが一生涯の傷となる。中には再起不能なほどのショックを受けた者もいる。そうした人々に対して許しを請うのだから、そうそう簡単にいくはずがない。殴られ、銃を突きつけられ、頭上からはコップが落ちてくる。ヘンリーの方策といえば、とにかく心から謝罪することのみ。次々起きるハプニング、そのたびに立ち上がり、一枚ずつ心の鎧を脱ぎ捨てて純真な心を取り戻していくヘンリーの姿が楽しく、また清々しい。

 そして何より、彼をサポートするメイドのソフィーの存在がよい。ある時は勇気づけ、ある時は立ち直れないほどの叱責を容赦なく浴びせる。厳しい中にも優しさと愛情をもってヘンリーを導く一方、彼女自身も何やら秘密を抱えている。魅力溢れるヒロインで、次第に惹かれていく二人の行く末も読みどころの一つである。

 ミステリに日常の謎があるなら、これこそ日常の冒険小説。スケールは小さいが、ラストの衝撃と感動は大きい。心に残る作品である。

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2005.01.17

『もつれ』 ピーター・ムーア・スミス

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著者:ピーター・ムーア・スミス /伏見威蕃
出版:創元推理文庫
ISBN:4488196020
発行:2004年 12月
価格:1,300円 (税込:1,365円)
採点:4.5点

[帯]
 悪夢のようなサスペンス,デビュー作にして傑作!
 もつれた糸がほぐれていくとき
 その先に見えてくるものとは……?

[あらすじ]
 サイコロジストのキャサリンは、パイロットという統合失調症の青年を担当することとなった。だが、彼の心の中には、20年前に起きた妹の失踪事件が暗い影を落としていた。脳外科医の兄、二重にものが見えるという母親、そしてパイロット。この家族に何が起きたのか。秘められた謎は記憶の糸によってゆっくりと手繰り寄せられていく。

[感想]
 心の病に冒された青年の目を通して語られる幻想的なミステリ。しかしその内容は重厚で、心揺さぶられる。

 物語はパイロットという名の青年が、母親の目の疾患をきっかけにエピソードと呼ばれる発作的な症状を起こすことから始まる。彼の記憶は20年前に遡り、妹が行方不明となったパーティーの晩の様子が鮮明に蘇ってくる。子どもの視点はいつの間にか神の視点となり、その場にいないはずの出来事までも青年は語り続ける。どこまでが真実なのか、そして青年は現実を認識しているのか。悪夢はいつの間にか読み手の心までも捕らえてしまう。

 消えた少女とその姿を瞼に焼き付けた兄。二転三転する物語に興味は尽きることなく、真相の衝撃には寂寞の感を禁じ得ない。リチャード・ニーリィの迷宮に、トマス・H・クックの叙情を加えたような印象を受けた。兄弟・親子・夫婦の絆が一つの事件から縺れ、絡み合い、解れていく様をじっくりと読み味わいたい作品である。

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2005.01.09

『聖なる怪物』 ドナルド・E・ウェストレイク

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著者:ドナルド・E.ウェストレイク/木村二郎
出版:文春文庫
ISBN:4167661888
発行:2005年 01月
価格:714円 (税込:750円)
採点:3.5点

[帯]
 ミステリ界最大の巨匠による
 80年代の伝説の名品、
 ついに翻訳成る!
 酒とクスリにおぼれる老優が半狂乱で語る狂騒の半生……ミステリっぽくないって?
 最後まで読むとよろしい。本書は(たぶん)映像化不可能、れっきとしたミステリなのだ。

[書き出し]
「長くはかかりませんよ」
 おおおおおおおお、おおおおおおおおおお、おおおおおおおおおおおお、

[あらすじ]
 スカーレット・オハラの家にも似た邸宅の中庭で、語り始める老優ジャック・パイン。彼の最初の思い出は、親友バディーとともに、ガールフレンドとデートをしたときのこと。そして回想はハムレットの舞台稽古、ニューヨークへの旅立ちへと続いていく。


[感想]
 老優ジャック・パインが語る波乱の人生。書き出しで分かるとおり、支離滅裂で、ある意味すがすがしいほどの壊れっぷり、跳びっぷりぶりを見せてくれる怪作である。

 俳優を目指し、オーディションを受ける若き日々から、演劇界、映画界と幅を広げていく円熟期、そしてなぜかオスカーまで取ってしまうという晩年期まで、どこを切り取っても波乱の人生で、自己中心的かつ反社会的な生き様が語られていく。

 語り手ジャックがたびたび意識不明に陥ったり、薬物で回復して内容が跳んだりと、読者は奇妙な酩酊感を受けながら読み進めることになるが、慣れてしまうとこの物語の秘密が気になってくる。はたしてどこまでが真実で、何が起きているのだろうかと。語っている時点で、ジャックはどのような状態なのだろうかと。特に不思議に思うのは、人生の端々に必ず登場する親友バディーの存在である。この人物はいったい何者なのか。これらの疑問は結末で明らかにされる。見事な壊れ具合は最後まで持続するので安心して読んでいただきたい。

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